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あの町 この道

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時空・上野公園にて

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上野公園に黒田記念館への案内ポスターが貼ってあります。

この絵は勿論黒田清輝の作品です。そして後になってからではありますが作品の説明文を読んでみますと・・
1894年〈明治26年〉フランスから帰国して最初に仕上げた作品だそうで
京都の鴨川の明るい水辺を背景に出窓に座っている舞妓さんを描いている・・と書かれてありました。

この魅力的な絵を眺めていましたら、ポスターの前をすうーっと外国人の青年が通り過ぎて行きました。
私はその時この絵の時空をさまよっておりましたから、この外国人の青年の珍入で不思議な気持になってしまったのです。

by michinobe8 | 2019-03-23 16:08 | 2019年 | Comments(0)

上野のお山と2人のおばあちゃんの話

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       2014年西郷さんの銅像とデイゴの木
上野公園に行くと時々思い出すことがあります。
1つは 夫の祖母が私につぶやく様に話をしてくれました。

「関東大震災は怖かったね・・・・おひつを持って逃げたのだよ・・それが、すえた方のおひつだった・・」
と、なんとも悔しそうな様子になりました。

関東大震災は1923年(大正12年)9月1日午前11時58分におきました。昼食の時間になろうとしている時です。
恐らくおばあちゃんの家には、ご飯を入れるおひつが幾つかあって、
その中のすえてしまった(すっぱくなってしまった方の)おひつを慌てて抱え避難した、と言うのです。
浅草の合羽橋商店街に自宅がありましたから、逃げた先は上野のお山だったのです。
それだけの話だったのですが、今もっと、話を聞けばよかったと思うのです。

もう一つは、夫の友人のMさんから聞いた話ですが、東京大空襲の時の事です。
その友人の家は酒屋さんで、上野駅から御徒町方面に向かって線路が高架になっていますが、
その高架下にお店はあったようです。大空襲に襲われ、家族は上野の山に逃げたという事でした。それは想像を絶するような事だったでしょう。
私は真っ黒こげになった遺体が山のように積まれていた光景の写真を見た事があります。
犠牲者を火葬する臨時の火葬場が西郷さんの銅像の横にあったという話も聞いたことがあります。
友人のMさんは「しばらくして、おばあちゃんが家の様子を見て来ると言って店に帰ったのだけれど、電車の高架下だから頑丈に出来ていて無事だったんだ。
おひつに入っていたご飯をおにぎりにして持って帰ってきたよ」と言いました。
関東大震災に東京大空襲。
2人のおばあちゃんはその時、今の私より若かったと思いますが、誠に見事な人たちだったと思うのです。
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     上野公園口の秋  2007年
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      奏楽堂が見えるのどかな道



by michinobe8 | 2018-12-12 16:05 | Comments(0)

上野のせごどん

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上野の西郷さんと言えば上野公園の象徴的な銅像です。
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10年程前から何となく西郷さんの銅像の写真をスナップするようになりました。
矢張り上野には、無くてはならないのです。
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最近、上野公園もお洒落になって来ました。
駅への近道も西郷丼も無くなりました。
西郷さんの銅像は、全てを眺め続けているのでしょうね。
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by michinobe8 | 2018-12-03 23:38 | 2018年 | Comments(0)

上野の山・晩秋

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上野の都美術館へ<書の展覧会>を観に行きました。
久し振りに鶯谷から歩いて行くことにしたのですが、この駅は昔から様子があまり変わりません。
改札口の所に<酉の市>の熊手が飾ってあり
<東日本大震災 3・11を忘れない。被災地を応援します>
と書かれた札が刺さってありました。
東京の中でも上野と云う地は東北により近い気持ちのある土地なのかもしれないと思ったことです。
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上野の山は晩秋の紅葉に包まれてとても美しい風情が漂っているようでした。
墨の香りが立ち込めているかのような展覧会を堪能した後、落ち葉を踏みながら寛永寺の方へと歩いてみました。
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徳川家霊廟のところでも紅葉が美しく、鉄扉に取り付けた<三つ葉葵の紋>の向うは、かつての時代を彷彿とさせ、
思わず口走ってしまったのが
「頭が高い。この葵の紋どころが目に入らぬか!」
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上野桜木の和菓子屋さんには<栗むし>という美味しそうなお菓子の名前が半紙に書かれて貼ってありました。
晩秋の上野です。
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by michinobe8 | 2014-11-30 13:21 | 平成・デジタルカメラ | Comments(2)

梅雨空の中

思い立って上野の都美術館に<バルテュス展>を観に行きました。
私にしては珍しくじっくりと時間をかけて観てしまったようで、しとしと降っていた雨が上がったようです。
上野の山は梅雨空にもかかわらず、人は三々五々歩いていました。
快晴の日とは一味違う上野公園に見えます。
展覧会の余韻も加わったのかもしれませんね。
1 バルテュス展
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2 公園内の遊園地
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4 西郷さんとデイゴの木
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by michinobe8 | 2014-06-09 16:40 | 平成・デジタルカメラ | Comments(0)

上野・不忍池

上野・不忍池の畔に出ているおでん屋さんの屋台が気にかかります。
親しい人達と此処で一杯!楽しそうですね。
学生時代、私は不忍池と上野公園のお山の間の<七軒町専用軌道線>と言われた都電路線が好きでした。
都心なのに緑の森の中を行くような都電の線路。と言いましても一度しか乗ったことはありませんけれどね。
確かそのころ、安藤鶴夫作<巷談本牧亭>がとても面白くて、関係のありそうな所を尋ね歩いたわけですが、
不忍池を木々の間から垣間見ながら走る都電に胸が高鳴りました。
屋台のおでん屋さんの前に腰かけたら、きっと色々思い出すでしょうね。

本牧亭も閉店して<巷談>を聴くことも久しくなったこの頃です。
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by michinobe8 | 2014-05-23 16:08 | 平成・デジタルカメラ | Comments(2)

イメージ写真

1965年頃友人に無理矢理たのんでモデルになってもらいイメージ写真を撮りました。
何のイメージか失念しましたが。
撮影は夜、場所は新宿、それも裏通りです。はて??
夜の 新宿 裏通り 肩を寄せ合う通り雨・・八代亜紀<なみだ恋>という唄がありますね。
でも、<なみだ恋>という唄がヒットしたのは1973年だそうで、この写真はそれよりも8年近く前に撮影しています。
若い頃、何を考えながら撮影したのか・・今は、はっきり覚えていないのに
思わず笑える写真となって現れたのには参りました〈笑)
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この写真は銀座でモデル撮影をしていますが、フラメンコのイメージばかりが優先しているのは何故かしら?
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モデルは香山美子さんで、場所は調布の深大寺です。土木作業をしている所での撮影は私が決めたわけで・・。
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同じく香山さんがモデルの写真ですが、私はこのイメージは何であったのか覚えていません。
それで、当時の写真の<はやり>だった雰囲気にしてみました。

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上野・都美術館で派手に撮影してほしいと友人が頼まれたそうで、私も撮影に参加してみました。
まだ有名ではなかったネオダダイズム画家・篠原有司男さんの撮影だったのです。
当時は珍しいモヒカン刈りの篠原さんに驚きつつ、私の撮った写真です。
アンデパンダン展と同時開催していた華道の展覧会に来場した和服の女性たち。
今見てみると篠原さんとは面白い取り合わせかもしれないと手を加えてみました。

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by michinobe8 | 2013-06-28 21:14 | 1960年代の写真 | Comments(2)