あの町 この道

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カテゴリ:2018年( 43 )

銀座4丁目・2018年夏の酷暑

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今年の夏は西日本では災害があり、そして全国的に酷暑です。
銀座四丁目の角だけがおしゃれで涼しいという訳には行かないのです。
写真画像では、パラソルが楽し気ですが、長い間立ってはいられない程の暑さなのです。
それで、デパートの中に逃げ込むと、何とも涼しい。観光客もほっとしているようです。

テレビでは、熱中症で倒れ、亡くなる人が続出するからか、
「躊躇せずにクーラーを点けて下さい」と呼びかけています。
この異常気象はどうしたのでしょう?
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でも・・皆がクーラーを躊躇せずにつけ続けたら、益々暑くなるという事はないのですか?
2年後のオリンピックはこの暑さのなかで開催するのでしょうか?
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by michinobe8 | 2018-08-06 06:47 | 2018年 | Comments(0)

夏虫駅という駅の話

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朝ドラ<半分青い>の中で<夏虫駅>という駅の場面は大変印象的でした。
話を一層盛り上げたのが、駅の名前だったのではないかと思います。
ドラマの舞台は岐阜なのですが、<夏虫という駅>は作者が作った名前のようです。
そしてロケ地は<わたらせ渓谷鉄道>にある駅だということでした。
私は2005年頃、あの鉄道に沿って旅をしたことがあります。
<わたらせ渓谷鉄道>では<夏虫色>も想像できそうです。
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千葉の外房海岸を訪ねて出かけた時に、私は千葉駅で快速に乗り換えそこない、
1時間遅れの鈍行で、目的地に行ったことがあります。
そお云う時って、何か、いいこともあるものです。
<ちょうじゃまち>などというのんびりした駅に止まったのですからね。

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by michinobe8 | 2018-07-29 12:06 | 2018年 | Comments(0)

<中央線・日野駅>記憶とは

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数日前、知人のフルートコンサートを聴きに日野の市民ホールへ行きました。
昨今殆ど行ったことが無い日野ではありましたが、私は遥か昔(終戦直後)日野に1年位住んでいたことがありました。

終戦直後の東京は、戦災にあった人たちが様々な場所で右往左往していたのではないかと思います。
私もそんなわけで、疎開先から東京に戻った時に一時、父の会社の寮があった日野に住んだのでした。

現在、それから70年も経っているのですから日野が変化してもおかしくはないのですが・・

日野の駅のホームは、駅舎より小高い所にあって(これは今も変わりませんが)
八王子の方向へ向かい甲州街道が坂道を登るように走っているのが、ホームから見ることが出来ました。
あの道は、白いコンクリートの坂道で、小学校へ入学するまえの子どもの記憶では、モノクロ写真を見るようでした。

私は試しに日野駅のホームを甲州街道から撮り、モノクロ写真にしてみたのでが、
残念ながら記憶の雰囲気は出ませんでした。どこかに記憶のカケラがあるのではないかと思った訳です。

コンサートで聴いたシューベルトの交響曲<未完成>の調べがむしろ、あの頃の記憶と重なるように思い
記憶の不思議を思いました。

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1950年 武蔵小金井
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1963年8月国分寺




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by michinobe8 | 2018-07-21 16:36 | 2018年 | Comments(0)

夕暮れ時

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昨今の、極端な暑さも少し静まった夕暮れ時というのが好きです。
若い時には忙しさで気が付かなかったこの時刻に
郵便ポストに手紙を投函しに行くなど、ちょっとした用事を思いついて表へ出てみます。

家へ帰ろうとする人、夕方の月、それに今は殆どなくなった、お店の裸電球。
何気ない日常が如何に大事なことなのか、災害のニュースの報道を見るたびに思う事です。
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by michinobe8 | 2018-07-14 06:40 | 2018年 | Comments(0)

<君の椅子>北海道・東川町

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私の小学校時代のクラス会、旭川を尋ねる話を3回も続けてしまいました。
お終いに、このお話しをしましょう。
私たちはクラス会メンバーの一人に「訪ねてみたい町」として進められ、旭川到着初日に東川町を訪問したのでした。そして、町の見学の間に、この話を聞きました。

北海道・東川町では、生まれてきた赤ちゃんに<君の椅子>という手作りの椅子を送るということが2006年から始まっているそうです。
「君の場所はここにあるよ」と東川の手作りの椅子を通じて子どもの成長を暖かく見守りたいという願いが込められているそうです。
送られる椅子は毎年選定されるデザインを東川町内の工場で制作されるそうです。

ちなみに、私たちを案内して下さった人は、大阪出身で東川町で結婚し、あかちゃんが生まれたばかりだそうです。
<君の椅子>のことは、地方活性化のモデルとして注目を集めているそうですよ。

今現在、日本列島は災害で苦しんでいます。
東川町も豪雨で場所によっては、畑がすっかり水を被ってしまったり、石狩川の氾濫があったりしました。自然と向き合う厳しさをも強く感じ、辛く思う昨今です。
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クルミの木で作った椅子。


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by michinobe8 | 2018-07-08 17:35 | 2018年 | Comments(0)

北海道。東京に帰ってから思う事

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北海道旅行は、たった1泊の慌ただしい旅でした。
東京へ帰宅してからもう半月も経とうとしてしているのに私は続きを書いています。
デジカメで撮影した写真を改めて観ているのですが、その中で水田が北海道らしい風景で心にとまりました。、
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今回取りあえずシャッターを切った映像から、もう一つ知ったことがありました。
初日に訪問した東川町のの遊水池公園でのことです。
遊水池とは農業の為のため水なのですが、
その水温が低くならないように水温上昇施設になっていると云うのです。

そして戦時中、遊水池建設にあたり、労働力不足を補うために外国から強制連行された人達がいたということ。そして過酷な労働に耐えきれず亡くなった人たちの悲劇が細かく記されてありました。
私たちは、その場所から早く移動しなければならなかったので、内容も分からず後でゆっくり拝見と、その時は思ってシャッターを切ったのでした。
デジタルカメラは文章の全てをはっきりと拡大し、私は何度も繰り返し読みました。
ここにも、残酷な話があったわけです。

でも・・せめて、この町は、それをきちんと伝える事をしていると、私は救われる思いでした。


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by michinobe8 | 2018-07-02 23:57 | 2018年 | Comments(0)

旭川で咲くあじさいの花

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旭川ではもう紫陽花の花が咲いているのでしょうか。
友人のメールで旭川では紫陽花が沢山咲くと聞いて驚いているのです。
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昭和60年代のころ、暮らしの手帳社の<インク壺>という増田れい子さんのエッセイ集を本屋さんでみつけました。
写真もあってとても素敵です。その中の<あじさい>という文章が心に残りました。
弘前のとある牧師館の前庭にあじさいがただようように咲いていた。
北限のあじさいであろうか。・・・
ここの部分が妙に心に残ってしまったのです。
でも、旭川の三浦綾子記念館には
<外国種の松>に巻き付いて、上へ上へと咲く<つるあじさい>があるというのでした。
私は、東京・高幡不動のあじさいを眺めながら、
色々な場所に咲くようになったあじさいの旅に思いを馳せてみたりしました。
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by michinobe8 | 2018-06-26 16:03 | 2018年 | Comments(0)

年齢喜寿、9人のクラス会(北海道、旭川にて)

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旭川に住んでいる友人を訪ねて、東京から年齢が喜寿である私たち8人参加のクラス会がありました。
小学校のクラス会です。嬉しい限りの会なのです。小型バスに9人が乗ってまわる、小さな旅です。
美瑛の辺りでこのようなお土産屋さんの風景を見た時に
思わずアメリカ映画<バクダッド・カフェ>を思い出しました。
そして耳の中で、映画の中で流れる<コーリング・ユウ>の曲が流れ出します。
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でも、まるで違いますよね。
あの映画はラスベガス近くの砂漠の中で、そこにぽつんとあるカフェなのです。
でも、北海道の風景は今、とても豊かです。
何十年も前の友人達との旅で、私は時々タイムスリップ状態でした。
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by michinobe8 | 2018-06-18 11:30 | 2018年 | Comments(2)

中央郵便局・丸の内 の思い出

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私が小学校5年生の時、つまり、1950年代頃のことです。
ある日教室に映画を撮る人がやって来ました。
担任の先生が「皆さん、このクラスで<郵便>という題名の映画を撮ることになりました」といわれたのです。
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映画のあらすじは・・
クラスに信州からの転校生がやってきます。
男子生徒の転校生は、最初は戸惑いながらも、クラスの友だちと親しくなって行きます。
そして・・
信州の学校時代のお友だちと、東京の友だちと文通を始める・・という話だったように思います。
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転校生役の男の子と私たちは、手紙を郵便局に出しに行く場面がありましたが、
それが何と丸の内の中央郵便局だったのです。
そのころ、私の通っていた学校は池袋でした。池袋はまだ、駅前に闇市が広がっていたのです。
ですから、丸の内の中央郵便局が余りに立派で、本当に驚いてしまったわけです。
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その丸の内の郵便局は今、リニューアルされて郵便局の背中にキッテという高層ビルがそびえています。
それに小泉内閣の時に「郵政民営化」となったことは、皆さんご存知のことでしょう。


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by michinobe8 | 2018-06-06 22:33 | 2018年 | Comments(0)

国立新美術館にて、2・26事件と落語家・5代目小さん

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国立新美術館の入り口近くに別館が建っているのですが、地味なので見過ごしてしまいます。
ある時、その建物のことを書いた立て札を発見して読み、そうだったのかと改めて驚きました。
此処は<元旧陸軍第一師団歩兵第三連隊の兵舎>だったということなのです。
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私は、以前朝日新聞で、落語家の小さんが<2・26事件の話>をしているのを読んだ記憶があります。
5代目小さんが前座時代に<大日本帝国陸軍歩兵第3連隊>に徴兵されたこと。
そして2・26事件では反乱部隊として警視庁占拠に出動したことなどを話しているのです。
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小さんたちは、クーデターとは知らされなかったわけです。事の次第を知らされて意気消沈気味の兵士達。
それを見た指揮官は、小さんに「士気高揚に一席やれ」と命令します。
持ちネタの「子ほめ」をやりましたが、兵士たちは笑うわけがなく、「面白くないぞ」と野次を飛ばされます。

小さんは「そりゃそうです。演っているほうだって、ちっとも面白くないのだから」と返したそうですよ。


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by michinobe8 | 2018-05-29 21:36 | 2018年 | Comments(0)