あの町 この道

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三ノ輪・浄閑寺

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俳句をやっている友人に誘われて三ノ輪の浄閑寺へ行ったことがあります.
浄閑寺は遊女の投げ込み寺とも言われていますからお参りの人もちらほらと見えました。
震災、戦災で亡くなった遊女たちの話は何とも哀れです。
遊女達の墓石にはかんざしの飾りがあって、そこには沢山の髪飾りがお供えしてありました。
髪飾りは妙にに現実感を帯びて胸が重たくなりました。
小説家、永井荷風も時々お参りに見えたということで、お寺には碑がありました。
そこには<偏奇館吟草・震災>という詩が掘られてありました。
大正12年(1923年)9月1日関東大震災のことですね。
現在は<防災の日>になっています。
何とも浮世は人災ばかりではなく自然災害も多くなって日々驚きの連続です。
私には<毎日を大事に過ごす>という手立てしかありませんけれど。
1 <偏奇館吟草・震災> 永井荷風
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2 つづく
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浄閑寺
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4
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by michinobe8 | 2014-09-01 00:09 | 平成・デジタルカメラ | Comments(2)
Commented by 二俣川のカメラ好き at 2014-09-05 09:57 x
浄閑寺、興味が沸いて『カメラと歩く東京の下町』三ノ輪・竜泉の項を見たが載っていない。Internetで検索したら結構出てきました。荷風のファンが行く所なのでしょうかね?
Commented by michinobe8 at 2014-09-05 12:07
二俣川のカメラ好きさんコメントありがとう!<浄閑寺>は川柳で<生まれては苦界 死しては浄閑寺>と言われたとおり、投げ込み寺で有名ですが、行ってみますと墓の様子に最初驚きました。例えば、本庄兄弟首塚、首洗い井戸とか侠客濡髪長五郎墓など・・永井荷風の碑は最近作られた様子でおどろおどろしいという雰囲気はありませんでした。