あの町 この道

michinobe8.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

オオカミの護符

福は内、鬼は外、ぱらぱら豆の音、鬼はこっそり逃げて行く??
スーパーでこの曲が流れ出すと節分、立春の季節到来です。

鬼のお面と柊にいわしの頭・・・・ふっと、色が変わってしまった柊と一緒に貼ってあった<オオカミの護符>のことを思い出しました。
2010年 青梅を歩いていた時、目にしたのです。
この護符は家の近く〈杉並〉でみたことがあって、スナップした記憶があります。
たまたま友人からを紹介して頂いた本を読み驚きました。
<オオカミの護符・小倉美恵子著・新潮社>です。 
杉並という都会の片隅に、このような山岳信仰が残っているという不思議を知って、とてもわくわくしました。
青梅の護符の横に貼ってあった<柊>は<オオカミの護符>と共に人々の祈りを感じ、しばらく眺めつくしたことをおもいだします。
2010年青梅、オオカミの護符と節分の柊
e0323465_15264946.jpg

2007年杉並にて
e0323465_1527487.jpg

1998年幼い孫が赤鬼になって・・豆まき
e0323465_15305415.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-29 15:42 | 平成・デジタルカメラ | Comments(4)

厄除けのお参り

私自身の厄年の時は子供を育てることに気持ちが一杯だったのでしょうか、母親が私のかわりにお参りをしてくれていたようでした。
それで、私も今年は末の息子の厄除けのお参りに川崎大師へ行きました。
京急川崎駅で大師線に乗り換えて、3つ目の川崎大師駅前でおります。
門前町ですから飴屋さんや甘酒屋さんで賑わっています。
私は物珍しくお店をキョロキョロみておりますと、同行の友人は速足で先を急いでいる様子です。
私はそこで初めてお護摩の時間があるという事を知りました。
11時からのお護摩の時間に間に合い、並んでお堂の中に入りました。
満員なのでお護摩を焚く様子を見ることは出来なかったのですが、何人ものお坊さんのお経の声はとても美しいものでした。
私の母もこのお経に手を合わせて座っていたのでしょうか。
それから・・母が一緒に座っているような思いが、一瞬過りました。
1
e0323465_2221443.jpg

2
e0323465_2225566.jpg


e0323465_2233432.jpg

4
e0323465_2242229.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-24 22:07 | 平成・デジタルカメラ | Comments(0)

雪が降る・・浅草

寒い日がつづきます。
天気予報を見ると雪が降るかもしれないという予報です。
何とはなしに私は浅草に住んでいた頃の雪景色を思い出しました。
降りしきる雪の中を焼き芋屋さんが通り過ぎていった場面は、モノクロ写真の通りの記憶として残っています。
1968年浅草松が谷に降る雪の記憶です。

しばらくして、私たち家族は郊外に引っ越ししましたが、何かというと浅草に足が向くようでした。
1998年の浅草仲見世の雪景色を撮った写真は、カラーの記憶で残っています。
降る雪を眺める象牙屋さんの姿は誠に印象的でした。
1968年浅草松が谷
e0323465_17464398.jpg

1998年浅草仲見世の雪
e0323465_17483056.jpg

象牙屋さん
e0323465_1749386.jpg

観音さま
e0323465_175035.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-18 17:52 | ’70年~’90年代の写真 | Comments(0)

雪遊び

今日は成人式、毎年この頃は雪の季節ですね。
雪と云えば1958年東京にも大雪が降りました。
私たち家族が引っ越しした武蔵小金井では坂道が多く
弟たちの恰好の遊び場になっていました。
板を<そり>に仕立てて,坂を滑り下りるのがとても楽しそうでした。
この写真を見ますと,撮影した父も一緒に笑っていたに違いないと思うのです。
1958年武蔵小金井
e0323465_17181066.jpg

1960年頃私は学生で、体育の単位で榛名湖でスケートを滑るという不思議な授業がありました。
それで、スケートを滑るということを覚えました。
1960年池袋にマンモススケート場が出来ました。
夏はマンモスプールで、覚えていらっしゃる方も多いことでしょう。
一度そのスケート場に行って撮ったのがこの写真です。
1993年この施設は閉鎖されて、今は清掃工場になっています。
池袋付近では白くて高い塔で有名ですね。
1964年池袋マンモススケート場
e0323465_17215796.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-13 17:24 | 父の撮った写真 | Comments(0)

松の内

1950年代、松の内はまだまだ街にはお正月の余韻が残っていたようにおもいます。
今ではコンビなどは元日から開いていますし、スーパーも早々とお店が開きます。
便利ではありますね<笑>
私の従姉はお正月には日本髪を結いました。とても綺麗で素敵でした。
日本舞踊はお名前を持っていたからでしょうか、子供の目から見ても立ち振る舞いが綺麗だったようにおもいます。
全く日本的な人という訳でもなく英文科の学生でもありましたから、散歩しながら英語の勉強を教えてくれたこともありました。

30代という若さでこの世を去ってしまいましたが、お正月になると懐かしく、華やかな日本髪の姿を思い浮かべるのです。
この写真は父が撮りましたので、楽しい気持ちだったのでしょうか、少しお茶目な表情ですね。
1953年 日本髪
e0323465_22475879.jpg


その頃、父が撮ったものでで珍しい姿の写真がが残っていました。
万歳師です。
さすがに私でも、お芝居の中以外でははっきりと眺めた記憶はありません。
1950年代 万歳
e0323465_2251988.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-08 22:52 | 父の撮った写真 | Comments(0)

初詣 昨今

私が学生時代、世の中は<岩戸景気>と言って元気のよい時代でした。
その最中にいた私は特別の認識もなく通常の日常を過ごしておりました。
けれども、今そのころ撮った初詣の写真は何となく可笑しいですね。
1960年頃撮ったこの初詣の写真は明治神宮です。
お賽銭が気になる光景ですね
1
e0323465_2134380.jpg

2005年のお正月は浅草寺に初詣に行きました。
バブル崩壊後の時ではありますけれど、浅草は賑わっておりました。
さすが庶民の町です。
2
e0323465_2143050.jpg

さて1955年私が中学生の頃ですが、父が撮った明治神宮の初詣の風景です。
懐かしい日本の初詣風景です。
3
e0323465_2153352.jpg

[PR]
by michinobe8 | 2014-01-03 21:07 | 父の撮った写真 | Comments(2)