あの町 この道

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<   2013年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

福笑い

あけましておめでとうございます。
<笑う門には福来たる>と申します。
1950年ころのお正月、私たち家族と従兄たちの記念写真は父がセルフタイマーで撮りました。
何が可笑しいのやら、皆の笑い声が聴こえてくるようです。

戦争が終わってやく5年。私たち子供にとって平和な日本でした。
2014年初春、このような写真は撮れるかしら?
福笑い
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by michinobe8 | 2013-12-31 23:49 | 父の撮った写真 | Comments(2)

1950年暮れの池袋西口駅前

私のアルバムに気になる一枚があります。
退色した名刺サイズのモノクロ写真ですが、この写真のざわめきは記憶の何処かに残っているのです。
1950年12月、池袋西口・駅ビルの東横百貨店が開店しました。
東口にある現在の西武デパートはまだ出来ていませんでしたから、大変物珍しかったわけです。

この写真は私たちが東横百貨店の見物に出かけて眺めているところなのです。
駅前の商店は歳末大売り出しをやっています。
この奥に、その頃闇市と呼ばれたバラック建ての店が続いていました。
小さな広場では時々旅回りの見世物やら、オートバイショーなどが掛かりました。
その小屋掛けした広場の前に私たちが通った小学校があったのです。

私たちこどもはこの風景を日常として通学していたというわけです。

今現在は学校の跡地に芸術劇場が建ち、駅前の風景もすっかり綺麗になりました。
それでも、あのざわめきは楽しく懐かしい思い出として残っています。
1 1950年暮れ、池袋西口駅前
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2 学校へ行く冬の朝
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2013年池袋西口芸術劇場前の広場
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by michinobe8 | 2013-12-28 11:35 | 父の撮った写真 | Comments(2)

こたつ、団らん

1950年頃私の家のこたつは何時も賑わっていました。
いとこたちの家がお隣だったという事も手伝って、入れ代わり立ち代わり人が集まっていた記憶があります。
こたつのまわりで話をしたり、本を読んだり、編み物をしたりしました。
夜になると父の会社の人やら叔父がやってきて、いつまでも楽しげに話をしていた声が今でも聞こえてくるようです。

しばらくして<1956年>私の家は池袋から郊外の武蔵小金井に引っ越しをしました。
そして、こたつがそれまでの炭火の上にやぐらを立てた形のものから<掘りごたつ>に変わりました。
私の家の<堀りこたつ>は引っ越しをしてからも、相変わらず賑わっていた事を懐かしく思い出します。

<掘りごたつ>は陶芸家のバーナード・リーチが考え出した<明治42年>ものだと知った時には驚きましたね。
1 こたつのまわり
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2 掘りごたつでお茶を
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あれから、時が経ち暖房の形も様々になりました。
孫も加わったクリスマスパーティーはホットカーペットの上に皆が座って楽しんだこともありました。
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by michinobe8 | 2013-12-23 22:53 | 父の撮った写真 | Comments(3)

新聞売りのおばさん・新橋

今日の雨は氷雨というのでしょうか。冷たい雨です。
<1956年1月、新橋駅前・新聞売りのおばさんが寒そうだった>とこの写真の裏に父のメモがありました。
1 1956年新橋
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暮れの銀座を歩いてみようと出先から回ってみたのですが、
クリスマスイメージの華やかな銀座通りとは対照的に三原橋はちょっと悲しげに昭和がありました。
今年3月に幕を閉じた<映画館シネパトス>は「4半世紀に亘るご愛願・・」と書いてありましたけれど、、
あの映画館があった<地下街>は1952年に完成したということですから
60年の時が流れたということになりますね。
今は赤提灯が一つ寂しげでした。
2 銀座三原橋の映画館
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3 三原橋地下街
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近くの<ミュージックランド ミヤコ>というお店には<流行歌屋>と書いてありました。
父が<新橋の新聞売りのおばさん>を撮った頃の空気が
この辺には消えそうになりながら残っているのかもしれません。
4 流行歌屋
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by michinobe8 | 2013-12-19 23:03 | 父の撮った写真 | Comments(4)

サンドイッチマン

父が撮ったスナップ写真ですが、撮った時期は1950年代頃です。
場所は何も記載されていませんでしたが、すぐにわかりますね。銀座です。
靴磨きのおじさんに磨いてもらっている女性!
彼女の持っている棒の先の手書きの看板には<三原橋に現る。露店。銀座マート>と書いてあります。
それから左には<昔ながらの白牡丹>と書いてありますね。
私の憧れのお店でした(*^^*)

あの頃サンドイッチマンをよくみかけました。
看板を身体の前と後ろに背負って歩きながら広告をしていたわけです。
この人は女性ですから簡易なものを持って歩くということなのでしょう。
1 銀座にて
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広告宣伝するのに<ちんどん屋>というのもありましたね。
最近はあまり見かけません。
いつでも賑やかにしていましたが、なぜか哀愁が漂っていました
2 学生のちんどん屋さん・入谷にて
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3 銀座通り
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4 昨年のクリスマス直前の銀座4丁目です。今年も行ってみようかしら
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by michinobe8 | 2013-12-14 22:32 | 父の撮った写真 | Comments(6)

紙芝居を見ていた・昭和23年頃

私が小学校2、3年の頃だったでしょうか、紙芝居が毎週1回、近所の通りの角と場所は決まっていました。
2人のおじさんがやって来るので週2回見ることができます。もちろん違う出し物ですよ。
一人のおじさんはカチカチと拍子木を叩いて、もう一人おじさんはドンガン・ドガラガッタと太鼓を叩いて知らせてくれました。
ところで、拍子木のおじさんの方が圧倒的にお話が上手だったのですよ。
それに人気の<黄金バット>のお話をやるのですから子供たちには大人気でした。
自転車に乗せた箱の引き出しを開けると水あめとふわふわのおせんべいがあって、
3円、5円、10円円と値段によって水あめの量が変わります。
私は弟2人の3人姉弟ですからね、3円でした。
時には10円以上水飴なめてみたいと思ったことです<笑>
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テレビが登場して、紙芝居は姿を消しました。
世の中も豊かになりましたね。
2 昭和41年、ウルトラマン登場、
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最近はスマホ遊びについての話題も沸騰しています。
科学の進歩と人間の生活とのバランスを真剣に考えて行かなければならないのでしょう。
子供たちが少し我慢をしても<例えば水飴がもっとなめたいけれどなど>
・・楽しい世の中であって欲しいですね。
3 落書き
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4 僕の人形劇
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5 思い出行きの路面電車
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by michinobe8 | 2013-12-08 13:25 | 父の撮った写真 | Comments(12)

紙ヒコーキのことから

上野公園で見た紙ヒコーキのような飛行機の事を考えていましたら、
去年、入間市から狭山市まで歩いた事を思い出しました。
入間基地がありますからね。飛行機の爆音には驚きました。
街を歩いていますと、小鳥屋さんがありました。
「もしもしインコさん、飛行機の音には驚きませんか?」
「ご主人のおばさんは餌を欠かさずくれますよ。
鳥籠から出られないのが残念です」なんて的外れな答えが返ってきたわけでもありません。
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黄色い小学生は一年生ですね。
集団下校のようです。
昭和20年終戦の年私は5歳でした。
幼かったわけですけれど、かなり大きくなるまで、飛行機の大きな爆音を聞きますと
「B-29<アメリカの戦闘機>が早く通り過ぎますように!」と願ったことを思い出します。
でも、この話は両親に話したこともありませんでした。
世の中が平和でしたものね。
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by michinobe8 | 2013-12-05 10:12 | 平成・デジタルカメラ | Comments(2)

友人の展覧会<書>に行った日・上野

師走に入ったとはいえ好いお日和です。
上野の東京都美術館に行くのは好都合!また紅葉狩りができそうです。
友人の書が特選で表彰されたのです。
書は王維の漢詩でした。
おっとりと優しげな文字でした。後でゆっくりこの詩の意味を聴きましょう。

美術館を出て裏手の紅葉の径を友人と寛永寺の方向に歩きました。
黒田記念館の、国際こども図書館辺りのイチョウは金色に輝き
寛永寺近くのもみじは赤く燃えるようでした。
寛永寺の墓地を抜け、国立博物館の裏手の道を歩くと遠くスカイツリーが見えます。
白い紙ヒコーキかと思えるような飛行機が小さくかすかに飛んでいました。
1 東京都美術館
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2 友人の作品
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3 黒田記念館
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4 国際こども図書館
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5 紅葉
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6 イチョウと街灯
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7 スカイツリーが見える
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by michinobe8 | 2013-12-02 15:34 | 平成・デジタルカメラ | Comments(2)